神経筋電気診断学を実践する医師に望まれる技能と実際の進め方
一般社団法人日本臨床神経生理学会 理事長 今井富裕
一般社団法人日本神経学会 代表理事 西山和利
はじめに
神経筋電気診断学(Electrodiagnostic medicine:以下EDXと略す)は、脊髄・神経根、末梢神経、神経筋接合部、筋の障害(神経筋疾患と総称する)を持つ患者を診断、評価、治療するために神経生理学的手法を適用する医学の専門分野である。このような電気生理学的検査の総称として筋電図検査(electromyography: EMG)の用語も用いられるが、狭義には筋電図は筋の生体電気活動を針電極または表面電極を用いて記録する検査のみ指すものなので、それ以外の神経伝導検査(nerve conduction study; NCS)、反復神経刺激試験(repetitive nerve stimulation test; NCS)なども含めた検査の総称をEDX検査と呼ぶこととする。さらに、臨床評価や検査結果の解釈・判断まで包括した技能がEDX(ないしEDX評価)である。EDX検査には誘発電位、とりわけ体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potentials; SEP)・神経筋超音波検査・磁気刺激検査・自律神経機能検査などの手法も含まれる(超音波検査は電気生理学的手法ではないが、便宜上これに含む)。
日本臨床神経生理学会と日本神経学会は共同でEDXを実践する医師に望まれる技能とEDX評価の実際の進め方に関する声明を作成した。
概要
患者に質の高い医療を提供するために、EDX評価は神経筋疾患とEDX検査に関する包括的な知識を持つ医師(EDX専門医)によって行われるべきである。典型的なEDX評価は、(1)神経・筋に焦点を当てた病歴聴取と身体診察、(2)鑑別診断の立案、(3)神経伝導検査(NCS)や針筋電図検査(EMG)等のEDX検査の実施、(4)最終診断の決定のステップを踏んで行う。実臨床においてこれらの各ステップを事前に決定したり、画一化したりすることはできない。
神経筋電気診断学を実践する医師に望まれる技能
神経筋電気診断学に熟達するには、末梢・中枢神経系や筋の解剖学、生理学、病理学、病態生理学、神経筋疾患(脊椎脊髄・神経根疾患、神経叢疾患、末梢神経疾患、神経筋接合部疾患、筋原性疾患、自律神経疾患、筋骨格系疾患)の診断治療などの臨床的知識と各疾患のEDX検査所見についての知識、個々のEDX検査の原理と評価方法・pitfallの理解、各検査の実際の施行手技の修得、応用エレクトロニクス・計測器についての知識などが必要である。とりわけ、EDX評価は神経診察の延長であるので、神経学的診察の技能も非常に重要となる。従って、神経筋疾患の診断と治療について一定の基礎的訓練を受けた脳神経内科やリハビリテーション科などの診療科の医師が、さらにEDXに特化した修練を受けることで上記のような技能を身につけることができる。その修練とは具体的には、実際の症例のEDXの経験、指導医によるオンサイトの指導教育、ハンズオンセミナーや講習会等によるEDX方略についての研修などからなる。このようにして養成されたEDX専門医がEDX評価を実践・指導すべきである。
日本臨床神経生理学会では、研修カリキュラムの提示、ハンズオンセミナーなどの研修機会の提供、および試験によって、上記のような技能を身につけた臨床神経生理専門医(筋電図・神経伝導分野)を養成している.さらには、専門医の指導下に適切で正確な検査結果を出すことができるような専門技術師も養成している。このように十分な修練を積んだ専門医・専門技術師が,脳神経疾患の診療に広く関与することで、診療の質を向上し,国民の健康と福祉に貢献するものと考えている.
EDX評価の実際の進め方
個々の患者の、最初に聴取された病歴・自覚症状から考えられる疾患・鑑別疾患を想定し、それらの診断に重要なポイントに焦点を当てて病歴の完成度を高めるとともに、そのポイントを念頭に置いて神経学的診察を行う。この際、検査依頼医からの要望、依頼医が疑っている疾患についても十分に検討する。
病歴と神経学的診察に基づいてEDX専門医は疑われる診断・鑑別診断を決定し、EDX検査の計画を立案する。即ち、NCSやEMGで検査すべき神経と筋を特定し、NCS・EMG以外のRNSやSEPなどの特殊な検査が必要かどうかを判断する。
以上の計画に基づき,専門医自ら、あるいは他の非専門・研修中の医師が検査を行う、あるいは、臨床検査技師が医師の指示したEDX検査(主にNCS)を実施する場合もある。技師や他の医師がNCS等のEDX検査を行った場合は、その暫定結果はEDX専門医によって評価・判定されるべきである。針筋電図検査は医師の施行となるが、想定される疾患やそれまで得られたNCSなどのデータに基づいて針筋電図検査が必要と判断される場合に実施される。
多くの臨床検査とは異なり、EDX検査は画一的な方法で行われるものではない。個々の患者の病歴・診察所見とそれから想定される疾患・鑑別疾患に応じて、その患者特有の、検査法と被検神経・筋の組合せが計画立案される。また、得られた検査所見に応じて、検査項目や被検神経・筋を変更・追加することもしばしば必要となる。
以上の作業の結果、適切なデータが収集され、最終的な結論が導き出される。それは電気診断としての結論にとどまらず、臨床診断を下す、ないし示唆するものであるべきで、さらには追加すべき検査や今後の治療方針についての示唆も含む場合もある。検査結果の解釈と最終的な診断と方針決定においても、EDX技能が必須なのは当然である。
このように、臨床所見およびEDX検査データの収集は、EDX専門医の監督下で行われるべきであり、また専門医の診察から検査、結果判定までのすべての過程を同一日に完結できれば理想的である。実際にはNCSやSEPなどの検査技師施行の検査においては、依頼医がオーダーして技師が施行する形をとり、EDX専門医が検査計画立案には関与しない形態も多いと思われる。その場合でも検査結果はEDX専門医が判読し、診断的結論を提示するとともに、判読時に検査結果や診断に疑義が生じた場合には、依頼医に伝えて、専門診療科・専門医への紹介も含めた今後の方針について示唆を与えることが望ましい。
参考文献
AANEM Position Statement. Who is qualified to practice electrodiagnostic medicine? Approved by the AANEM: May 1999, updated and Re-approved: May 2012.