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神経学領域の診療ガイドラインに関する臨床医の意識及び使用実態:日本神経学会員を対象とした質問紙調査

報告書作成者
中岡祥子1、當山まゆみ1、長谷川友紀2、中山健夫1、日本神経学会ガイドライン評価委員会

作成者所属
1.京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野
2.東邦大学医学部社会医学講座医療政策・経営科学分野

連絡先
中山健夫
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町
Tel 075-753-4488 Fax 075-753-4497
E-mail nakayama.takeo.4a@kyoto-u.ac.jp

  1. 1)前文
     診療ガイドラインは「診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量し、最善の患者アウトカムを目指した推奨を提示することで、患者と医療者の意思決定を支援する文書」1とされ、様々な臨床領域で普及しつつある。日本神経学会(以下、「本学会」)では2002年に脳血管障害, 筋萎縮性側索硬化症(ALS), 頭痛,痴呆,てんかん,パーキンソン病の診療ガイドライン(当時は治療ガイドライン)を作成し、臨床神経学誌上に公表した。しかし2005年に行われた学会員への質問紙調査では、参照経験のあった者は75%、日常診療に役立つという回答は約半数にとどまり、診療ガイドラインが十分に周知、活用されていない可能性が示唆された2。その後、調査結果を踏まえ、てんかん、認知症、パーキンソン病の改訂が行われ、さらに神経疾患の遺伝子診断、多発性硬化症、細菌性髄膜炎、認知症(コンパクト版)の診療ガイドラインが追加された。
     診療ガイドラインに対する臨床医の認知と診療への影響は、これまで本邦では関節リウマチ、肝癌、高血圧について報告されている3-5。臨床神経学領域では、診療ガイドラインにより臨床医の診療は変化したがアウトカムへの影響は限定的との海外の報告がある6-9
     以上から、2010年以降に発表された臨床神経学領域の診療ガイドラインが、臨床医にどのように認知され、臨床に利用されているか明らかにするために日本神経学会は本調査を実施した。
  2. 2)方法
     現在臨床を行っている本学会員を対象に、診療ガイドライン(全般・学会作成)の認知・意見を尋ねる自記式質問紙調査を実施した。本学会作成の診療ガイドラインは、神経疾患の遺伝子診断ガイドライン2009、てんかん治療ガイドライン2010、認知症疾患治療ガイドライン2010 (通常版)、認知症疾患治療ガイドライン2010コンパクト版2012、多発性硬化症治療ガイドライン2010、パーキンソン病治療ガイドライン2011 とした。調査票は臨床神経学53巻2号(2013年2月送付)に同封して学会全会員(2013年2月時点7,498人)に送付し、郵送にて回収した。メールアドレスの把握できる会員には2013年3月にリマインドメールを送付した。
     解析は、各質問の選択肢に対する回答数と割合を記述し、臨床経験年数(10年未満、10年以上25年未満、25年以上)、診療のタイプ(プライマリケア、専門医療)、学会認定神経内科専門医(以下、「専門医」)か否かで層別解析を実施した。有意差検定にはχ2乗検定及びRyan法を用いた。データ解析には, Microsoft Office Excel 2007, SPSS 16.0J for Windows, R version 2.13.2.を使用した。自由記述に関しては代表的と思われる内容を著者が検討して抽出した。本研究計画は、日本神経学会倫理委員会の承認を得た。
  3. 3)結果
     詳細は本学会ホームページに掲載 (日本神経学会GL調査_報告書(2010.2011.2012版))。ここでは概要を述べる。
     回答者数は1,141人(回収率15.2%)、有効回答者数は1,097人(有効回答率96.1%)、有効回答者の平均年齢は47.7歳で男性が77%。75%が専門医療に従事し、82%が専門医。
     診療ガイドライン全般に対し、「診療ガイドラインは医師の裁量を拘束する」「診療ガイドラインは医療費削減のために使われる」「診療ガイドラインの普及により医療訴訟が増える」という考えに同意した者は各33%、15%、24%であり、臨床経験が短いほど肯定的な考えをもつ者が多かった。35%が「診療ガイドラインの推奨は守らなければならない」、53%が「診療ガイドラインの推奨と異なる診療をする場合はカルテにその理由を記載すべき」という考えに同意し、臨床経験が短い群ほどそのように考える傾向があった。85%が「診療ガイドラインは医師の生涯教育に有用」という考えに同意し、臨床経験による差は見られなかった。
     良い診療ガイドラインの要件として、89%が「推奨の根拠が明確に示されている」、80%が「重要な新しい文献が現れたら適宜更新されている」、60%が「根拠となった個々の医学文献の妥当性が言及してある」を挙げた。外部評価は22%、利益相反の明記は15%、作成メンバーに神経内科専門医以外の参加は14%であった。
     患者とのコミュニケーションに関しては「診療ガイドラインが患者・家族への説明の際に役立つ」、「患者・家族が知識を持つことで診療の助けとなる」との回答は共に49%、「患者・家族に内容が十分理解されないので、補足する資料が必要」は48%、「(診療ガイドラインを患者・家族が見ることは)現時点では診療に混乱が生じる懸念が大きい」は21%であった。「診療ガイドラインを示して、患者とコミュニケーションを図ったことがある」のは34%、72%が「診療ガイドラインの付録に患者説明用のツールがあれば役に立つ」とし、経験年数10年未満の群は25年以上の群より肯定的な意見が多かった。診療ガイドライン作成への患者参加は、30%が「良い」、31%が「良いことではない・必要ない」であった。
     本学会の診療ガイドラインによって、71%が「これまでの(診療の)やり方が変わった」、81%が「自分の治療に自信を持ったことがある」と回答した。46%が「診療ガイドラインの推奨と異なる診療を行ったことがある」と回答し、理由として、「個々の患者に合わせた選択のため」「ガイドラインで推奨された治療が功を奏さなかった」「自らの経験を優先」、「患者・家族の希望」等が挙げられた(自由記述)。
  4. 4)考察
     本調査により診療ガイドラインに対する本学会員の認知・意見が明らかとなった。診療ガイドラインの目的は意思決定の支援であり、個々の臨床判断を拘束するものでは無い、という基本的な考えは引き続き周知の必要がある。一方、多くの臨床医が診療ガイドラインは生涯教育にも有用と考えており、学会には、生涯教育とも連携させた診療ガイドラインの普及と適切な利用の組織的な推進が望まれる。
     診療ガイドラインの要件として、エビデンスの重視は共有されつつあるが、作成メンバーに専門医以外の参加、外部評価や利益相反の明記等の認知は低かった。これらも透明性と不偏性を保つ診療ガイドラインの重要な要素であり10、本学会員にも、そのような意識の涵養が必要であろう。
     患者・家族が診療ガイドラインを見る事に肯定的な意見は半数以下であった。しかし、すでに診療ガイドラインはWeb上で公開されており、診療ガイドラインを携えて受診する患者・家族とのコミュニケーション、患者・家族が診療ガイドラインを適切に利用するための手引きの作成など、検討を進めるべき課題であろう。長谷川は、診療ガイドラインを知っている患者のうち7.6%がそれを実際に利用したと報告している11。診療ガイドラインの本来の目的からも、患者による利用は広がることが予想され、患者の視点をどのように取り入れていくべきか議論の必要がある12。公益財団法人日本医療機能評価機構Mindsでは、診療ガイドラインの情報センターである2014年に患者・市民参加専門部会を発足させており、活動の発展が期待される13
     本学会の診療ガイドラインが診療に及ぼす影響について、約80%が「治療に自信を持った」と答えている点は興味深い。診療ガイドラインを参照して、自分の診療が支持されれば、診療自体は変わらなくても、「(より)自信をもって」それを行えるようになるだろう。今回の結果では、このような「自身の診療の確認」も含め、診療ガイドラインが意思決定の支援に活用されている状況が示されたと言える。また回答者の半数近くが推奨と異なる診療を行った経験があり、その理由として、患者の個別性への対応や経験的判断の重視を挙げていた。この結果は、診療ガイドラインの個々の患者への適用が適切に行われている可能性を示唆しているが、一方で4割以上が「推奨と異なる診療を行ったことが無い」と回答した点は、診療ガイドラインの過剰適用の可能性も否定できず、課題として指摘しておきたい。
     対象者の回答率が15%に留まったことは本調査の大きな限界であり、診療ガイドラインに関して意識の高い対象者がより多く回答していた可能性は否定できない。そのため結果の一般化可能性には十分留意が必要である。

 以上、本学会員を対象とした診療ガイドラインに関する質問紙調査の概要を報告した。根拠に基づく診療ガイドラインが、臨床家、そして患者・家族の意思決定やコミュニケーションの促進を通じて個々の診療をより良いものにしていくと共に、学会・専門医が社会的責任を果たしていくための基盤としてさらに成熟していくことが願われる。

引用文献

  1. 福井次矢・山口直人(監修). Minds診療ガイドライン作成の手引き2014. 医学書院,東京. 2014.
  2. 飯野直子, 中山健夫. 厚生科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)分担研究報告書. 神経学領域の治療ガイドラインに対する臨床医の認知:日本神経学会を対象とした質問票調査. 2005.
  3. Higashi T, Nakayama T, Fukuhara S, Yamanaka H, Mimori T, Ryu J, Yonenobu K, Murata N, Matsuno H, Ishikawa H, Ochi T. Opinions of Japanese rheumatology physicians regarding clinical practice guidelines. Int J Qual Health Care. 2010;22:78-85.
  4. Kokudo N, Sasaki Y, Nakayama T, Makuuchi M. Dissemination of evidence-based clinical practice guidelines for hepatocellular carcinoma among Japanese hepatologists, liver surgeons and primary care physicians. Gut. 2007;56:1020-1021.
  5. N Ikeda, T Hasegawa, T Hasegawa, I Saito, T Saruta. Awareness of the Japanese Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension (JSH2000) and compliance to its recommendations: surveys in 2000 and 2004. J Human Hypertens. 2006; 20:263-266.
  6. Larisch A, Oertel WH, Eggert K. Attitudes and barriers to clinical practice guidelines in general and to the guideline on Parkinson's disease. A National Survey of German neurologists in private practice. J Neurol. 2009;256:1681-1688
  7. Eggert K, Larisch A, Dodel R, Bormann C, Oertel WH. Awareness and knowledge of the clinical practice guideline on Parkinson's disease among German neurologists. Eur Neurol. 2009;61:216-222.
  8. Larisch A, Reuss A, Oertel WH, Eggert K. Does the clinical practice guideline on Parkinson's disease change health outcomes? A cluster randomized controlled trial. J Neurol. 2011;258:826-834.
  9. Schröder S, Kuessner D, Arnold G, Zöllner Y, Jones E, Schaefer M. Do neurologists in Germany adhere to the national Parkinson's disease guideline? Neuropsychiatr Dis Treat. 2011;7:103-110.
  10. Institute of Medicine: Clinical practice guidelines we can trust. Washington DC, National Academy Press, 2011.
  11. 長谷川友紀. 平成17年度厚生労働科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)診療ガイドラインの適用と評価に関する研究 総括分担研究報告書. 2006.
  12. Boivin A, Currie K, Fervers B, et al. Patient and public involvement in clinical guidelines: international experiences and future perspectives. Qual Saf Health Care. 2010 Oct;19(5):e22.
  13. 中山健夫.健康情報学への招待.呼吸と循環 2015; 63(12): 1183-1190

日本神経学会ガイドライン評価委員会委員一覧

委員区分 氏名 勤務先名
委員長 辻 貞俊 国際医療福祉大学
  有村 公良 大勝病院
  糸山 泰人 国際医療福祉大学病院
  葛原 茂樹 鈴鹿医療科学大学
  清水 輝夫 帝京大学病院
  西澤 正豊 新潟大学病院
  水澤 英洋 国立精神・神経医療研究センター
  山本 光利 高松神経内科クリニック
  中山 健夫 京都大学
  長谷川有紀 東京大学

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