臨床神経学

症例報告

浮遊感覚で発症し回復期に失立(astasia)を呈した下部小脳虫部梗塞

川瀬 裕士, 中島 雅士

東京労災病院神経内科〔〒143-0013 東京都大田区大森南4-13-21〕

両側下部小脳虫部(inferior vermis)に限局した小脳梗塞の臨床症候を報告した.症例は76歳の男性で,前庭症状として閉眼下の左向き眼振を,小脳症状として四肢筋緊張低下と両下肢の測定異常をみとめたが,主要症候は急性期の浮遊感と頭位変換時の回転性めまいをともなわない嘔吐,および回復期の失立(astasia)であった.この患者の失立の機序は立位の重心を足底に維持するための立ち直り運動の消失にあるものと考えられた.近年のPETをもちいた生理学的研究で,inferior vermisは立位での重心の維持に関与することが示唆されており,本症例はこの知見を裏付ける臨床例と考えられた.

(臨床神経, 46:223−226, 2006)
key words:小脳梗塞, 下部小脳虫部, 失立

(受付日:2005年7月28日)